過日、近くのU市郊外にある「東光寺」に詣でた。子供が小さい頃別府温泉からの帰り両親と一緒に何度か出かけた場所である。ここは五百羅漢で有名である。境内には537体の石の羅漢像がある。千八百年代、当時の住職の依頼で石工が24年余の歳月をかけて少しずつ彫りあげ境内に祀られたという。五百羅漢の像はどれ一つとして同じ顔のものはない。歯を見せる笑顔の像、苦渋に満ちた険しい顔の像、口をへの字に結んで怒った顔の像などどれも喜怒哀楽に満ちている。それらのお顔は人生
の縮図のようである。人間幾つになっても煩悩は捨て切れないものである。
平成27年が明けはや10日余りが過ぎた。東光寺の境内には墓石があり、人生は瞬時、人の一生はまばたきとまばたきをする僅かな隙間でしかないものだとの石刻があった。まさに光陰は矢の如しということだろう。
暦の上では7日は「七草」だった。昔からの習慣でこの日は七草粥を食べる人がある。七草と言っても一般的にはセリ、カブ、ダイコンくらいしか思い付かない。辞書を見ると他にナズナ、ハコベラ、ゴギョウ、ホトケノザなどがあるという。昔の人の知恵で一年の無病息災を願ってお正月に食べたご馳走もそろそろこの辺で胃を休めるようにということらしい。暴飲暴食に留意し自立した日常生活が続けられるよう心がけたい。

の縮図のようである。人間幾つになっても煩悩は捨て切れないものである。
平成27年が明けはや10日余りが過ぎた。東光寺の境内には墓石があり、人生は瞬時、人の一生はまばたきとまばたきをする僅かな隙間でしかないものだとの石刻があった。まさに光陰は矢の如しということだろう。
暦の上では7日は「七草」だった。昔からの習慣でこの日は七草粥を食べる人がある。七草と言っても一般的にはセリ、カブ、ダイコンくらいしか思い付かない。辞書を見ると他にナズナ、ハコベラ、ゴギョウ、ホトケノザなどがあるという。昔の人の知恵で一年の無病息災を願ってお正月に食べたご馳走もそろそろこの辺で胃を休めるようにということらしい。暴飲暴食に留意し自立した日常生活が続けられるよう心がけたい。
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新年早々野鳥の会を主催している近所の知人Sさんが私的会報「鳥遊庭」を届けてくれた。1月1日号である。B4版の会報によれば(最近)豊前海ではシベリアなどから越冬のため飛来して来たハマシギやカモやシロチドリなどの大群が見れるという。
観察してみると我家の裏山でも野鳥は大層な数である。ジョウビタキ、アオジ、コゲラ、カチドリ、ヒヨドリ、セグロセキレイ、カラス、スズメ、メジロなど多種多様、木の実や家庭菜園の野菜(特にハクサイ、キャベツ、ブロッコリーは好物)、花木のはなびらなどまで盛んに啄んでいる。山手の山谷池という灌漑用の大池では今年もオシドリの群れが飛来したという。家から4,5kmの所なので湧水地への水汲みも兼ねて訪ねてみようかと思っている。
以前に記事で書いたが、我家の裏山には枇杷(ビワ)の樹が5~6本ある。もうすでに早いものは小指大の実になって厳寒の冬を耐えている。これから少しずつ春に向けて実は肥大し田植えの始まる5月中旬頃に食べれるようになる。今は辛抱の時節である。
観察してみると我家の裏山でも野鳥は大層な数である。ジョウビタキ、アオジ、コゲラ、カチドリ、ヒヨドリ、セグロセキレイ、カラス、スズメ、メジロなど多種多様、木の実や家庭菜園の野菜(特にハクサイ、キャベツ、ブロッコリーは好物)、花木のはなびらなどまで盛んに啄んでいる。山手の山谷池という灌漑用の大池では今年もオシドリの群れが飛来したという。家から4,5kmの所なので湧水地への水汲みも兼ねて訪ねてみようかと思っている。
以前に記事で書いたが、我家の裏山には枇杷(ビワ)の樹が5~6本ある。もうすでに早いものは小指大の実になって厳寒の冬を耐えている。これから少しずつ春に向けて実は肥大し田植えの始まる5月中旬頃に食べれるようになる。今は辛抱の時節である。