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先日、久しぶりに隣町在住の親戚のおジィさんを訪ねた。大正生まれで御年九十歳を超えている。耳は遠くて自分の言う事しか喋らないが…まだまだ矍鑠として元気である。

もうかなり前の話になるが…さる郊外の大型電器店に行った時のこと、近くのコーナーでどこかで聞いたことがある大きな声が耳に入って来た。偶然のことで驚いたが、確かに聞き覚えのある声だがと思いながら、近づきそちらを振り向けば…このおジイさん。しきりに店員に向かって「3年間でいいから見れるテレビをくれ!」と叫んでいるようだった。せいぜいそれくらいしか長生きはしないだろうという自分なりの意見であるが…、あれからもう10年以上は経ったはずである。さすがに戦争を体験した人は戦後生まれの人間とは違って根性が違う。まだまだ田舎で現役頑としてしっかり生きている。

このおジイさん、実は瓢箪づくり名人なのだ。栽培~加工まで一貫し手掛けるほどの念者なのだ。特に手間暇がかかる瓢箪の塗りには喧しい。塗りの行程はなんと30回ほどの手間を要するらしいが…、(思うに)瓢箪づくりが今のおジイさんの健康、長生きの秘訣のようだ。年をとっても何かに取り組む、没頭するのは人間大切なことのようだ。作り方を人に教えたり、出来た作品を展示会に出したり、知人、友人、親戚の皆さんに分けてあげるのを楽しみに日々制作に余念がない。
少子高齢化が進み、だんだんで親戚の人の数も少なくなって来た。まだまだおジイさんには元気で頑張って欲しいと願う。

今日は午前中、春採りきゃべつの圃場への移植、キウイフルーツの収獲、えんどうの支柱立て準備などを行う。午後はクリスマスに備えて孫のためミニツリーを造り玄関に飾る。



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家から百メートルほど離れた園地に「濃間紅八朔」という大玉雑柑を植え付けた。早いもので今年で丸7年が過ぎ見事に結果している。年月というものは知らず知らずのうちに過ぎて行くものである。小春日和の陽に照らされ黄色い果実が輝いている。収穫は年明けの1月半ばくらいだろう。今日は樹園地の観察と野菜畑(自給自足)の手入れと草刈り作業などで終わる。

さて今朝の新聞記事によると、京都・清水寺の森清範貫主の筆による今年の漢字一字は「絆」だったという。さもありなん。まさに今年を表す漢字に相応しいものだった。ちなみに2位は「災」で、3位は「震」だったという。
日本中の人々の心に鮮明かつ生々しく刻まれた3.11の痛ましい記憶は誰もが生涯忘れることの出来ない心の傷となって(今なお)思考の中に暗い影を落としている。あの大震災、原発事故後、被災者の辛酸刻苦はこの9ケ月の間(この国の)人々等しく知るところである。地縁、血縁、様々な支え合い、支援の輪…人と人との「きずな」の大切さが再認識されあらためて見直された。

被災地では懸命に明日の復興に向け人々が前を見据え頑張っている。絆という字には温かさを感じ、微かな(淡き)希望と期待が込められているに違いない。(来年こそは)少しは光明の見える年であれば…と切に願う。




今日は朝から冷たい雨になった。裏山の銀杏の葉がしっとり雨に濡れ次々と落ち始めた。小径は黄金色の絨毯を敷き詰めたようだ。いよいよギンナン拾いも終わり。11月から辛抱強く実の処理をやって来たがひと通り友人、知人、親戚中にも行きわたった。そろそろ正月に向け農園の整理にかからなければならない時期になった。
さて話は変わる。先月のことになるが、中央アジアの印度の北にあるブータンという国からワンチュク国王とその王妃が日本を訪問された。新婚旅行を兼ねての訪問だったという。ご夫妻は東北震災地への訪問や国会での講演、宮中晩餐会、京都の古寺見学など1週間あまり精力的に日程を消化され(行く先々で)マスコミの注目を浴び(その言動は)大きく報じられた。微笑ましくも爽やかさと心の安寧を感じさせるお二人の滞在だった。

ブータンという国はGNH(国民総幸福量)が世界一の国ということで注目されている。GNHは経済、モノの豊かさだけでなく(尺度を)その国に暮らす人々の満足度、幸せ度を数値的に表したものだという。わずか人口1百万人にも満たない小国ながら1位にあるとは羨ましい限りである。数日間の日本滞在だったが…お二人の日々の言動によりそのことは十二分に理解が出来(改めて)ブータンという国が再認識された。

日本という国もかってはこのブータン国と同じように豊かだった時代もあった筈である。18世紀の中頃、ドイツのハインリッヒ・シュリ-マンという人は江戸期の日本の印象について詳しく書物で記している。それによると「この国は平和で、人々が行き渡った満足感を持ち、豊かさと、完璧な秩序、そして、世界のどの国にも増してよく耕された土地が見られる」とある。少なくとも明治、大正、昭和の中頃までの日本は貧しくともブータン国のように人々は幸福度が(ある程度)浸透していたのだが…いつの頃からだろうか?巷にモノが溢れ始め、競争社会が日常化し、経済至上主義、拝金主義が蔓延る…昨今では政治も経済界もすべてに世の中全体責任感やモラルが消失しつつある。この先、この傾向はさらに加速度的に進むものと思われれる。
思うに、日本人はいつの頃からか、どこかで…、大きな落し物をし、かけがえのないものを無くしつつある感がする…



「超60連勝力士記念碑」除幕に臨む白鵬関。さすがに天下の大横綱である。テレビで観るのとはまた違って実にオーラがあった。再度、69連勝超えに向け頑張って欲しいものである。
そして、日本人の若手力士ももう少し奮起し大いに高みをめざして欲しいと願う。来年こそは…


一昨日、宇佐市下庄にある双葉の里(第35代横綱双葉山の記念館とその復元生家がある)で「超60連勝力士碑」の除幕式があった。数週間前にこのことを知った。おりよくこの日は義兄が「古希祝」のため(遠路)九州へ里帰りする予定であったので急遽、その見学を行事の一つに組み入れた。
長い相撲の歴史の中で(これまで)60連勝以上した力士は「双葉山」そして現役力士の「白鵬」、「谷風」(江戸時代)の3力士だけだという。記念碑は3力士の原寸の手形とサイン、基礎的なデータが簡単に刻まれていた。会場には相撲関係者では白鵬とその同門の豊の島、旭天鵬、垣添など幕内、幕下力士たち、近隣の県出身の若手力士、それに国会議員や地方議員をはじめ多くの来賓、地元後援会、ボランティア、観光客など大勢の人が集まり黒山の人盛りだった。

今朝の新聞では翌日(日曜日)に行われた宇佐神宮での横綱白鵬による奉納土俵入り写真が掲載されていた。土俵入りは白鵬本来の「不知火型」ではなく地元の不世出の大横綱双葉山に敬意を表し「雲竜型」(双葉山の型である)による土俵入りであったという。白鵬もなかなか味なことをやるものである。

それにしても妙な縁ではある。それまで「双葉の里」はローカル的スポットだったのだが…白鵬の連勝記録が稀勢の里により63連勝でストップすると、それを機に(一躍)双葉山の偉大さが見直され脚光を浴び始めた。おりしも来年は双葉山生誕100周年の節目の年に当たるらしい。地元ではそれに合わせこれから様々な行事が組まれている。
しばらくは観光客の多くが(豊後高田、別府、大分、湯布院方面に向かう際)この地に立ち寄ることになるだろう。世の中ほんとうに何が幸いするか分からないものだ…



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