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低気圧の影響か?湿気が多くすっきりしない天気。朝の内に作業(果樹園の草刈りなど)を済ませて(今日は)10時から理髪店に出かける。帰りに書店、JAなどに寄り雑用を済ませる予定。連れ合いは看護学校時代の同僚が東京から帰省しているとかで一緒にランチに行く。

屋敷の「アカバナウツギ」が真っ赤な花を着けている。「空木」と名前が付いているが、バイカウツギなどとは花相がまったく異なる。スイカズラのような花びらである。深紅の花がびっしりと着くのでいっそうあでやかに見える。

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昨夜~今日の午前にかけ久しぶりに雨が降った。量は多くはなかったが野菜には恵みの雨である。田んぼの方も「代掻き」が終わり準備終了。後は田植えを待つばかりで(来る)22日土曜日、子供の休みを待って毎年の恒例行事を行う予定。(自分で作ったというだけで)儲かりはしない稲づくりではあるが…

梅雨を前に、家の周辺に(数箇所)植えてある「オクラレルカ」がいっせいに咲き出した。アヤメ科(アイリスの仲間)のこの花は主産地が沖縄県だという。
花は濃い紫色。天に向かってまっすぐに伸びた細い茎は(まるで)剣のように尖っており、草丈は1mくらいになる。オクラレルカの葉は色あでやかで生け花(花材)の添えとして利用される。初夏を演出する花の1つでもある。

午後は雨が上がり①畦畔の草刈り②胡瓜の定植③冬瓜の定植などを行う。夕方、隣集落に住むEさんが「新茶」を持って来てくれた。Eさんの実家はS県U市で広く茶園経営をやっているとか。毎年、この時期に新茶をいただくが(お茶好きの)我家には嬉しいお裾分けである。(合掌)


午前中は夫婦で隣県N市に出かける。帰りにHさん、Yさんに昨日収穫した「夏みかん」を届ける。今年は干天が続き糖度も最近ようやく乗って来た。今時期の蜜柑は「木成り」と呼ぶ。橘の白い花が満開状態で芳香を辺り一面に漂わせている。

午後は田んぼの「代掻き」をする。今日は天気予報は雨のはずだったが…最近の好天続きでなかなか直ぐに崩れそうもない。昨年も(田植え前は)干天続きで田植えが遅延した。農家にとってはそろそろ雨が欲しい頃だ。
かっては、6月中旬が標準的田植え時期だったが…品種更新などで(現在は)1ヶ月ほど時期が早まった。昔(農村では)「結い」と呼ぶ(皆で)作業を助け合う(お互いが行ったり来たりで)風習があった。集落の泥あげ(「泥よこい」「さなぼり」などとも)は7月上旬頃が常だったが、昭和後半~平成にかけて農家が激減し、そのような慣習も無くなってしまった。
我家でも(果たして)いつまで田植えが続けられるだろうか…

梅雨を待ちわび庭の「あやめ」が咲き出した。朝晩ホースで灌水しているので花も株も艶がある。すぐ横の「黄菖蒲」や「芍薬」も競い合い見事な花を着けている。


今朝は5時40分から「しめこわし」を隣組員全員で行う。山神さんの周囲片付け、お供え下げなども行い(倉庫の整理など)角田八幡神社の御神幸祭(お祇園)行事はすべて終わる。
ところで、山神さんの(祠の)前に大きな「ヒューヒューガラ」の樹がある。幹周りは1mはあろうか。祠がある一帯は「紅葉丘緑地」と呼んでおり緑豊かな場所だ。ここらは昔から「ヤマモモ」や「シャシャンボ」(ブルーベリーのような実がなる)「椎」、「びわ」などの実が豊富で、秋には(結構)オヤツ代わりになった。もうはるか昔の(昭和30年代)ことだ。子供の頃は近所の悪がきたちと連れ立って「山神さん」周辺で遊んだものだ。

ヒューヒューガラは地方の方言らしく(正式には)「イスノキ」というらしい。果実に穴が開いて(そこに口を当てて吹けば)ヒューヒューとかホーホーとか鳴る珍しい樹だ。聞くところによると「イスノキ」は神社仏閣に多く見られるとかで大きく育つ。6月中旬になると果実の中に虫が入り瘤状の実が出来、その中に「アブラムシ」が寄生する。有田、伊万里辺りではイスノキは陶器をつくる際の「ろくろ」の台木や「釉薬」の原料に使用するという。ヒューヒューガラの樹がイスノキだと正式に知ったのはごくごく最近のことだ。

今日の作業→①フルティカ(トマト)の定植②オクラの定植③甘夏柑の収穫④野菜の灌水⑤田んぼの代掻きほか。日中は気温もぐんぐん上昇し、陽ざしも強く空気は乾燥。明日は少し雨が期待出来そう。そろそろ梅雨前線が動き出すか?


昨日は地元神社の「神幸祭」(お祇園)でお神輿の御くだりがある。幸い好天に恵まれ祭事は無事に終わった。お接待係の(女性)方々は大変だったろうと思う。お祇園行事では(昔から)力仕事は主に男、女の人はこまごました料理方などに分担が分かれている。御くだりが終わり一連の行事は明朝6時前からの「しめこわし」で終了。皆さんの協力のお陰で務めも何とか終えそうだ。

神幸祭に合わせ、氏神様である「山神さん」の行事も一緒に行う。民俗学者である柳田國男などの説によれば、山の神さまは春になると里に降りて来て農耕の神に変わるのだという。病害虫発生や日照などの天候、風水害などに出来高が左右される稲作は古来人々にとって死活問題で、氏神様にお供えをし(住人は)五穀豊穣を祈念した。また、当地付近は地名(小字)が「船入」と呼ぶだけあって、海に近く(昔は)川を遡って小舟が行き交い(その名残か?)「船繋ぎ石」などという大岩石も残っている。

「山神さん」は地域に住む人々の平安無事、健康祈願、五穀豊穣、海の安全など多岐にわたる信仰の場になっていたろうと推察される。時は移ろい最近では(人々も)次第に信仰心も薄れ(お祇園か何かの機会でもない限り)急な坂道を登りお参りする人も居なくなった。せめて年に一度か二度かはお参りしたいものだ。

昨日の作業→①お祇園関連の準備など②裏山の雑草刈り③野菜(甘藷、茄子、西瓜など)の灌水。お祇園行事は長男夫婦が手伝ってくれ大いに助かる。



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定年退職後、自産自消を目指し、野菜・花・木々と目下奮闘中。
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