×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
昨日は夫婦で隣県N市に出かける。用事を済ませた後、国保の関係で市役所に寄り(その後)ついでに銀行へも寄る。
今日は朝から朝飯抜きで「定期健診」を受ける。レントゲン、心電図、エコー、検尿、血液検査など一通り受ける。現役時代は毎年職場で受けていたが退職後は機会があまりなく久しぶりの検査だった。最終結果はまだだが(今の段階では)悪い所はなさそうで一安心する。
帰って(食事後)今日もN市に出かける。連休に長男夫婦がH県H市に住んでいる兄弟に会いに行くというのでお土産を託けるためだった。そこではクッキーを買う。帰路、園芸店に寄り「鳴門金時」の苗を求める。午後はこの「芋づる」挿し、昨日午後から作業にかかった田んぼの畦畔の草刈りなどを行う。やや風はあったものの作業中は汗ばむほどの好天だった。
夕方のローカルニュースで千財農園でのお茶摘が放映されていた。今年は例年よりも10日くらいは遅い「新茶」の摘菜である。朝晩の寒が萌芽を遅らせ、収穫量も減少させている。農家にとって天候の良し悪しが経営に大きな影響を与える。
茶園にたなびく「5月節句」の鯉のぼりも心なしか?勢いが無いように見える。

今日は朝から朝飯抜きで「定期健診」を受ける。レントゲン、心電図、エコー、検尿、血液検査など一通り受ける。現役時代は毎年職場で受けていたが退職後は機会があまりなく久しぶりの検査だった。最終結果はまだだが(今の段階では)悪い所はなさそうで一安心する。
帰って(食事後)今日もN市に出かける。連休に長男夫婦がH県H市に住んでいる兄弟に会いに行くというのでお土産を託けるためだった。そこではクッキーを買う。帰路、園芸店に寄り「鳴門金時」の苗を求める。午後はこの「芋づる」挿し、昨日午後から作業にかかった田んぼの畦畔の草刈りなどを行う。やや風はあったものの作業中は汗ばむほどの好天だった。
夕方のローカルニュースで千財農園でのお茶摘が放映されていた。今年は例年よりも10日くらいは遅い「新茶」の摘菜である。朝晩の寒が萌芽を遅らせ、収穫量も減少させている。農家にとって天候の良し悪しが経営に大きな影響を与える。
茶園にたなびく「5月節句」の鯉のぼりも心なしか?勢いが無いように見える。
PR
昨日は終日雨だった。今日、午前中は「年金者連盟」役員会があり半日潰れる。午後からも天気はすっきりしないので(急遽)U市の千財農園の藤を見に行くことにした。
ところが気温の関係か?例年なら終わりかけの時期だが(今年は)まだ2~3分咲きといったところ。訪れる人もまばらで売店の方も手持ち無沙汰のようだった。横の茶畑の新芽もほとんど出揃っていない。下の大池から吹き上げる風でいっそう底冷感を覚える。
最近は全国的に農作物が品不足だとニュースで言っているが(なるほどと)うなずける。この分では夏野菜も生育に影響が出るだろう。
帰りは小雨になったのでN市のナフコに寄り「コスモス」、「ベビーリーフ」の種と「ゴーヤ」、「つくね芋」などの小苗を求める。ゴーヤは自家育苗(トンネルハウス)でポット蒔きしてはいるものの…、ここのところの寒さで芽立ちが悪く(とりあえず促成苗にて)先発のもので時間を短縮することにした。そのうち後発の苗も育つだろう。
そろそろ田んぼの春耕の時期になった。トラクターで耕すには2、3日良い天気が続けばと思う。明日は連れ合いの知人Sさんが久しぶりみえるという。
ところが気温の関係か?例年なら終わりかけの時期だが(今年は)まだ2~3分咲きといったところ。訪れる人もまばらで売店の方も手持ち無沙汰のようだった。横の茶畑の新芽もほとんど出揃っていない。下の大池から吹き上げる風でいっそう底冷感を覚える。
最近は全国的に農作物が品不足だとニュースで言っているが(なるほどと)うなずける。この分では夏野菜も生育に影響が出るだろう。
帰りは小雨になったのでN市のナフコに寄り「コスモス」、「ベビーリーフ」の種と「ゴーヤ」、「つくね芋」などの小苗を求める。ゴーヤは自家育苗(トンネルハウス)でポット蒔きしてはいるものの…、ここのところの寒さで芽立ちが悪く(とりあえず促成苗にて)先発のもので時間を短縮することにした。そのうち後発の苗も育つだろう。
そろそろ田んぼの春耕の時期になった。トラクターで耕すには2、3日良い天気が続けばと思う。明日は連れ合いの知人Sさんが久しぶりみえるという。
二十数年ぶり佐賀県にある「吉野ヶ里遺跡」を訪ねた。(現在は)吉野ヶ里歴史公園と呼ぶらしい。規模はあの頃の数十倍はあろうか?今は国が管理運営し総面積は40haに及ぶという。
何しろ(前回は)子供達(2人)が小学生時代に訪ねたのだが(当時は)今の北一部分しか発掘されてなかったように思う。あまりの変貌振りについ入口を間違えてしまった。
東口は県道、河川を跨ぎ「歴史公園センター」(売店、レストランなど)という大建物が建ち、そこからチケットを購入して進む。順路は①南内郭~②北内郭(さらには倉と市)~③北墳丘墓~④祭り広場などと連なっている。北内郭方面は権力者の住居や祭祀場、南側のムラは一般の人々が住む集落だったとか。紀元前3~2世紀の様子を忠実に再現した環濠集落は往時の古代人の暮らしを偲ばせる。
もっとも印象的だったのは「北墳丘墓」で、ここは権力者のお墓だったらしい。発掘調査後は一旦埋め戻され(さらに)その後、再調査。現在は全体をドームで覆う貴重な資料庫となっている。規模はごくごく小さいながら(先年訪ねた中国西安の)「兵馬俑坑」全国一級保存資料館を思わせるような構造になっていた。
帰りは(歩く距離も長く)外周を「電気自動車」で移動。途中には「水田跡」などがあったが、その区画はごくごく狭く(当時の)稲作の形態がうかがえた。ここら(吉野ヶ里)一帯は全体に台地状で(昔は)途中遮るものもなく物見櫓からは20km先の「有明海」も見渡せたのでは、と解説の人は話していた。今は南側を長崎本線が走り「吉野ヶ里駅」が指呼の間にある。
好天に恵まれ散策時間は約2時間。久しぶりに社会見学的気分でひと時を過ごした。
何しろ(前回は)子供達(2人)が小学生時代に訪ねたのだが(当時は)今の北一部分しか発掘されてなかったように思う。あまりの変貌振りについ入口を間違えてしまった。
東口は県道、河川を跨ぎ「歴史公園センター」(売店、レストランなど)という大建物が建ち、そこからチケットを購入して進む。順路は①南内郭~②北内郭(さらには倉と市)~③北墳丘墓~④祭り広場などと連なっている。北内郭方面は権力者の住居や祭祀場、南側のムラは一般の人々が住む集落だったとか。紀元前3~2世紀の様子を忠実に再現した環濠集落は往時の古代人の暮らしを偲ばせる。
もっとも印象的だったのは「北墳丘墓」で、ここは権力者のお墓だったらしい。発掘調査後は一旦埋め戻され(さらに)その後、再調査。現在は全体をドームで覆う貴重な資料庫となっている。規模はごくごく小さいながら(先年訪ねた中国西安の)「兵馬俑坑」全国一級保存資料館を思わせるような構造になっていた。
帰りは(歩く距離も長く)外周を「電気自動車」で移動。途中には「水田跡」などがあったが、その区画はごくごく狭く(当時の)稲作の形態がうかがえた。ここら(吉野ヶ里)一帯は全体に台地状で(昔は)途中遮るものもなく物見櫓からは20km先の「有明海」も見渡せたのでは、と解説の人は話していた。今は南側を長崎本線が走り「吉野ヶ里駅」が指呼の間にある。
好天に恵まれ散策時間は約2時間。久しぶりに社会見学的気分でひと時を過ごした。
過日「古賀政男記念館」を訪ねた。古賀政男は大川市出身で記念館横には生家が復元されている。古賀政男は7歳まで大川のこの家で暮らしたという。後、朝鮮半島に渡り京城商業学校~(長じて)明治大学に進む。明大ではマンドリンクラブに所属し(その頃から)音楽に頭角を現し、後々日本コロンビアに所属してめきめき力を発揮。数多くのヒット曲を世に送った。その数(作品)実に4千曲余にものぼるという。哀愁の中にも明るさを感じさせる古賀メロディー、ギターの音色は今も日本人の心の片隅に生き続けている。
入館した記念に「古賀政男ギター魅力のすべて」というCDを売店で1枚買った。「影を慕いて」、「酒は涙かため息か」、「2人は若い」、「男の純情」、「人生の並木路」など全20曲が収められている。雨降りにゆっくり聴こうと思う。
「誰か故郷を思わざる」の歌詩は以下の通り。
♯花摘む野辺に 陽は落ちて 皆で肩を組みながら
唄を歌った帰り道 幼馴染のあの友この友 あゝ誰か故郷を想わざる
一人の姉が嫁ぐ日に 小川の岸で淋しさに 泣いた涙のなつかしさ
幼馴染のあの山この川 あゝ誰か故郷を想わざる
都の雨に降る夜は 涙に胸もしめりがち
遠く叫ぶのは誰の声 幼馴染のあの夢この夢 あゝ誰か故郷を想わざる
パンフレットによると、古賀政男は昭和53年7月に73歳で没したが、生前の功績を称えられ(没後直ちに)国民栄誉賞、明大名誉博士号等々多くの賞を受けている。
記念館横にある生家玄関脇に1本のアカシアが植えられている。これは古賀政男「生誕百年」を記念して五木ひろしが寄贈したものだという。樹齢はまだ若く幹廻り15cmくらいといったところか。
主として寒い異国に育つ「ニセアカシア」を選んだのは何か訳があったのだろうか?
入館した記念に「古賀政男ギター魅力のすべて」というCDを売店で1枚買った。「影を慕いて」、「酒は涙かため息か」、「2人は若い」、「男の純情」、「人生の並木路」など全20曲が収められている。雨降りにゆっくり聴こうと思う。
「誰か故郷を思わざる」の歌詩は以下の通り。
♯花摘む野辺に 陽は落ちて 皆で肩を組みながら
唄を歌った帰り道 幼馴染のあの友この友 あゝ誰か故郷を想わざる
一人の姉が嫁ぐ日に 小川の岸で淋しさに 泣いた涙のなつかしさ
幼馴染のあの山この川 あゝ誰か故郷を想わざる
都の雨に降る夜は 涙に胸もしめりがち
遠く叫ぶのは誰の声 幼馴染のあの夢この夢 あゝ誰か故郷を想わざる
パンフレットによると、古賀政男は昭和53年7月に73歳で没したが、生前の功績を称えられ(没後直ちに)国民栄誉賞、明大名誉博士号等々多くの賞を受けている。
記念館横にある生家玄関脇に1本のアカシアが植えられている。これは古賀政男「生誕百年」を記念して五木ひろしが寄贈したものだという。樹齢はまだ若く幹廻り15cmくらいといったところか。
主として寒い異国に育つ「ニセアカシア」を選んだのは何か訳があったのだろうか?
昨夜来(纏まった)雨が降り野菜物には良いお湿りになった。今日は(午前中)夫婦で隣県N市に出かけた。帰途、K業を営む(旧知)Fさん宅に寄る。奥さんと息子さんがお店に居てしばらく世間話をする。親子2代にわたるこの商売も最近は経営が苦しく如何ともし難い状態だと愚痴っておられた。今は世の中全体が安価競争、厳しい時代に入り(中小)商店は軒並み苦しくなっている。当方はただお話を聞くだけだったものの…持参した「八朔」でも食べて気を取り直し元気で頑張って欲しい。
昔「働けど働けど、我が暮らし楽にならざる、じっと手を見る」という詩があったが…、地道につましく頑張っている人々が生きづらい、小さな幸福が求め難い(大変な)時代になった。
先週末、数十年ぶりに「柳川市」方面へミニ旅行に出かけた。長男夫婦と温泉行で、お堀を巡る川下り、旧立花家別邸(お花)、北原白秋生家などを訪ねるのが目的だった。お堀めぐりの「どんこ船」は十数人乗りの小さな船。お堀めぐりの観光舟会社は6社もあると聞きビックリ。(桜の花は終わり葉桜だったが)柳の新緑やフジ、サツキ、牡丹、ヤマブキ、ズオウなど見事に咲いていた。水路周辺の民家は(景観条例があるのか?)ナマコ塀や石積、築庭など何処も此処も綺麗にしている。花いっぱい運動なども展開しているのだろうか?何処も綺麗に「川下り」を演出している。
ポカポカ陽気の昼下がり(ゆったりと)堀を巡る旅はのどかで情緒があった。柳川は観光ズレしてなく落ち着いた街である。(現在)観光客は年間100万人くらいだと聞くが、近場より遠方からのお客さんが多いらしく、今回、川下りで会った人たちは高知県や岩手県などから見えていた。
「うなぎパイ」、「うなぎクッキー」、「煎餅」、「さげもん」などが代表的お土産のよう。洗練されてはいないがどれも素朴で良い。
昔「働けど働けど、我が暮らし楽にならざる、じっと手を見る」という詩があったが…、地道につましく頑張っている人々が生きづらい、小さな幸福が求め難い(大変な)時代になった。
先週末、数十年ぶりに「柳川市」方面へミニ旅行に出かけた。長男夫婦と温泉行で、お堀を巡る川下り、旧立花家別邸(お花)、北原白秋生家などを訪ねるのが目的だった。お堀めぐりの「どんこ船」は十数人乗りの小さな船。お堀めぐりの観光舟会社は6社もあると聞きビックリ。(桜の花は終わり葉桜だったが)柳の新緑やフジ、サツキ、牡丹、ヤマブキ、ズオウなど見事に咲いていた。水路周辺の民家は(景観条例があるのか?)ナマコ塀や石積、築庭など何処も此処も綺麗にしている。花いっぱい運動なども展開しているのだろうか?何処も綺麗に「川下り」を演出している。
ポカポカ陽気の昼下がり(ゆったりと)堀を巡る旅はのどかで情緒があった。柳川は観光ズレしてなく落ち着いた街である。(現在)観光客は年間100万人くらいだと聞くが、近場より遠方からのお客さんが多いらしく、今回、川下りで会った人たちは高知県や岩手県などから見えていた。
「うなぎパイ」、「うなぎクッキー」、「煎餅」、「さげもん」などが代表的お土産のよう。洗練されてはいないがどれも素朴で良い。