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ここ2、3日先週とはうって変わる春のような陽気。昨日「野鳥の杜」付近の手入れ、栗園整理やっていたら隣家Aさんが遊びに見える。
柿の剪定方法が分からないと言う。(昨年思い切り鋸で太い幹を)バッサリ思い切って剪定したところ枝が暴れ出し(徒長枝)大変だというので、連れ立って剪定要領を実地で行う。柿等の果物類は強く切り返せば(その反動で)強い芽が一気に出て栄養成長ばかりに偏り、生殖成長の方へ養分が行かない。問題は「間引き剪定」と「切り返し剪定」をいかに程良くし樹勢を落ち着かせるか否かで(その年の)収穫量は決まる。剪定の見本は小1時間で終える。古木だけに何とか今年は結果するだろう。
今日は隣県N市と県内Y市などへ出かける。園芸店や郵便局、書店、クリーニング店などに立寄り色々と用を済ませる。午後は(夫婦で)山桜の中の草切り、清掃と(少し早いとは思うが)午前に園芸店で購入した椿、枝垂れ桜、茂木枇杷苗を数本を定植する。苗木屋をやっている友人に注文した苗木は2月下旬頃に送って来るという。週末からはその植え床準備である。
今日からは通常国会開会。ラジオで中継をやっていた。昨今のお金を巡る疑惑もさることながら、世論の大半は国民生活に直結する「政策論争」、「景気対策」を最優先してと望んでいる。政権与党も野党も真剣に(昨今の)世の中の現実を見て政治をやって欲しいということだろう。テレビインタビューを受けた中年の奥さんの声が如実に世相を語っている。「今のような若者には職が無く、誰もが安心して暮らせない、結婚が出来ない、子供が生めない…、政治は庶民の幸せのためもっとしっかりやって欲しい…」と。
「坂の上の雲」をめざして一直線に突き進んだ(あの時代から)はや1世紀余。日本という国のかたちはこれからどう変わって行くのだろうか?

柿の剪定方法が分からないと言う。(昨年思い切り鋸で太い幹を)バッサリ思い切って剪定したところ枝が暴れ出し(徒長枝)大変だというので、連れ立って剪定要領を実地で行う。柿等の果物類は強く切り返せば(その反動で)強い芽が一気に出て栄養成長ばかりに偏り、生殖成長の方へ養分が行かない。問題は「間引き剪定」と「切り返し剪定」をいかに程良くし樹勢を落ち着かせるか否かで(その年の)収穫量は決まる。剪定の見本は小1時間で終える。古木だけに何とか今年は結果するだろう。
今日は隣県N市と県内Y市などへ出かける。園芸店や郵便局、書店、クリーニング店などに立寄り色々と用を済ませる。午後は(夫婦で)山桜の中の草切り、清掃と(少し早いとは思うが)午前に園芸店で購入した椿、枝垂れ桜、茂木枇杷苗を数本を定植する。苗木屋をやっている友人に注文した苗木は2月下旬頃に送って来るという。週末からはその植え床準備である。
今日からは通常国会開会。ラジオで中継をやっていた。昨今のお金を巡る疑惑もさることながら、世論の大半は国民生活に直結する「政策論争」、「景気対策」を最優先してと望んでいる。政権与党も野党も真剣に(昨今の)世の中の現実を見て政治をやって欲しいということだろう。テレビインタビューを受けた中年の奥さんの声が如実に世相を語っている。「今のような若者には職が無く、誰もが安心して暮らせない、結婚が出来ない、子供が生めない…、政治は庶民の幸せのためもっとしっかりやって欲しい…」と。
「坂の上の雲」をめざして一直線に突き進んだ(あの時代から)はや1世紀余。日本という国のかたちはこれからどう変わって行くのだろうか?
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数日続いた寒波も小康状態だが(外は)小雨が降り気温は5~6℃と冷え込んでいる。午前中は「退職者友の会」の役員会で久しぶりに先輩方、後輩方と会う。新年初会合だが(寒い時期で)会員さんの中には体調を壊された方々など色んな情報が役員を通じて入る。本日の議題は「新春懇親会」と「次年度に向けての下協議、役員改選」などだった。この類の会の役員はなかなかなり手がおらず(一度受けたら)足抜けが大変難しい…懇親会の総合司会も結局、(昨年同様に)押し付けられる。(固辞したものの…)代わってくれる人も無く出来るうちはやらねばなるまい…と自分に言い聞かせて最後は観念する。
さて話題は変わる。今朝の新聞には(昨日行われた)新春恒例「歌会始の儀」の歌が皇族方と民間人秀作が掲載されていた。今年のお題は「光」だったとか。
天皇陛下の歌は次の通り。
「木漏れ日の光を受けて落ち葉敷く
小道の真中草青みたり」
まさに今の季節を詠んだ歌である。その情景が浮かんで来る。これからは一雨ごとに春が近づき草の勢いが増して来る。目下、日本経済も景気も雇用も大変厳しい状況だが(少しずつでもいい)冬枯れの季節を越えて一条の「光」が射して欲しいものだ。
ここ数日雪を被った八朔の樹も今日は解け黄色い実が鮮やかだ。園への小道も園内も2月の声を聞くと(そろそろ)雑草との戦いが始まる。草との戦いを考えれば(我が家では)9月の稲の取り入れ時期~厳寒期までの半年間が束の間の休戦。まもなく戦闘は開始される。
さて話題は変わる。今朝の新聞には(昨日行われた)新春恒例「歌会始の儀」の歌が皇族方と民間人秀作が掲載されていた。今年のお題は「光」だったとか。
天皇陛下の歌は次の通り。
「木漏れ日の光を受けて落ち葉敷く
小道の真中草青みたり」
まさに今の季節を詠んだ歌である。その情景が浮かんで来る。これからは一雨ごとに春が近づき草の勢いが増して来る。目下、日本経済も景気も雇用も大変厳しい状況だが(少しずつでもいい)冬枯れの季節を越えて一条の「光」が射して欲しいものだ。
ここ数日雪を被った八朔の樹も今日は解け黄色い実が鮮やかだ。園への小道も園内も2月の声を聞くと(そろそろ)雑草との戦いが始まる。草との戦いを考えれば(我が家では)9月の稲の取り入れ時期~厳寒期までの半年間が束の間の休戦。まもなく戦闘は開始される。
朝起きたら一面の雪化粧。裏山の樹園地も銀世界だった。午前中、JAのGCに用があり出かけたが日中気温は零度。今冬最大の寒波襲来。テレビニュースでは鹿児島、宮崎両県でも降雪があり、熊本では積雪が7cmだったという。九州では久しぶりの大寒波。高速道路もすべて通行止めだったらしい。
話題は変わるが、数日前、N県に在住のHさんから年賀状をいただいた。昨年末に当方も年賀状を出したが返送され少々案じていたが…住所が変更したらしく正月遅れで年賀状が届き近況が記されていた。
Hさんとはずっと昔訪ねたドイツ旅行以来、年賀状のやり取りが続いている。振り返ってみると…、あの旅行の当日朝、Hさんは車椅子の子供さん連れの参加で、ツアー一行ビックリしたのだが(道中では)皆さんで(段差のある場所は)車椅子を抱えたり、トランクの上げ下ろしをお手伝いしたり何かと協力し、それが参加の皆さんの団結力、連帯感を強め本当に充実した楽しい1週間を過ごした記憶がある。ドイツ~スイス~オーストリア~フランスと長距離移動した際の自然と共にHさんの子供さんとの旅は今でも印象深く、かつ鮮明に脳裏に残っている。今年もお互い元気で頑張りたいものだ。それにしても(あの旅行から)20年近くの時間が流れたのだ。まさに光陰は矢の如しである。
話題は変わるが、数日前、N県に在住のHさんから年賀状をいただいた。昨年末に当方も年賀状を出したが返送され少々案じていたが…住所が変更したらしく正月遅れで年賀状が届き近況が記されていた。
Hさんとはずっと昔訪ねたドイツ旅行以来、年賀状のやり取りが続いている。振り返ってみると…、あの旅行の当日朝、Hさんは車椅子の子供さん連れの参加で、ツアー一行ビックリしたのだが(道中では)皆さんで(段差のある場所は)車椅子を抱えたり、トランクの上げ下ろしをお手伝いしたり何かと協力し、それが参加の皆さんの団結力、連帯感を強め本当に充実した楽しい1週間を過ごした記憶がある。ドイツ~スイス~オーストリア~フランスと長距離移動した際の自然と共にHさんの子供さんとの旅は今でも印象深く、かつ鮮明に脳裏に残っている。今年もお互い元気で頑張りたいものだ。それにしても(あの旅行から)20年近くの時間が流れたのだ。まさに光陰は矢の如しである。
正月だからだろうか?最近BSで昔の映画をやっている。過日は「ビルマの竪琴」が放映されたので懐かしく見る。子供が小さい頃に親子4人で隣県N市の映画館まで出かけ一緒に見た記憶がある。市川昆監督で中井貴一が主演。作者はドイツ文学者の竹山道雄氏である。この物語はフィクションだと言われている。当時はビルマとは国交が無く現地ロケのほとんどが隣国タイで行われたという。
映画は太平洋戦争末期のビルマ戦線。熾烈を極めた南方戦線で日本軍は16万人を超える戦死者を出したと言われる。物語は終戦の間際、ビルマ作戦に従軍した「水島上等兵」たちをめぐるものである。この頃の日本軍は敗戦につぐ敗戦で、ビルマの山河には累々と打ち捨てられた日本兵の屍で溢れた。これをそのまま放置し自分はとても日本には帰れないと、水島はビルマ僧になる。終戦後、ムードンの収容所捕虜になった小隊の同僚たちが日本帰還に伴い「水島!お前も一緒に日本に帰ろう!」と叫ぶのだが、それを尻目に水島は一人ビルマに残ることを決意する…戦争の残酷さ、苦悩を生々しく描いたものである。
先年、私はロケが行われたタイをアユタヤ~スコータイ~ピッサロヌック~チェンマイと南北縦断したことがある。そこには至る所にロケに出て来ると同様の仏塔、ブッダ像、緑深い山野があった。映像にはしばしばこれら風景が出て来てとても懐かしかった。20数年のときを経て映画は未だに新鮮で印象深いものだった。ゆっくりと昔の映画を見て懐かしむようになったのはやはり加齢のせいか?
本日の作業→①「木漏れ陽林」の手入れ、②栗の樹の剪定、③紫陽花の手入れなど。
紫陽花の芽は寒さにじっと耐えている。先端の部分は春を感じるセンサーなのだろう。僅かに緑が増して来た。
映画は太平洋戦争末期のビルマ戦線。熾烈を極めた南方戦線で日本軍は16万人を超える戦死者を出したと言われる。物語は終戦の間際、ビルマ作戦に従軍した「水島上等兵」たちをめぐるものである。この頃の日本軍は敗戦につぐ敗戦で、ビルマの山河には累々と打ち捨てられた日本兵の屍で溢れた。これをそのまま放置し自分はとても日本には帰れないと、水島はビルマ僧になる。終戦後、ムードンの収容所捕虜になった小隊の同僚たちが日本帰還に伴い「水島!お前も一緒に日本に帰ろう!」と叫ぶのだが、それを尻目に水島は一人ビルマに残ることを決意する…戦争の残酷さ、苦悩を生々しく描いたものである。
先年、私はロケが行われたタイをアユタヤ~スコータイ~ピッサロヌック~チェンマイと南北縦断したことがある。そこには至る所にロケに出て来ると同様の仏塔、ブッダ像、緑深い山野があった。映像にはしばしばこれら風景が出て来てとても懐かしかった。20数年のときを経て映画は未だに新鮮で印象深いものだった。ゆっくりと昔の映画を見て懐かしむようになったのはやはり加齢のせいか?
本日の作業→①「木漏れ陽林」の手入れ、②栗の樹の剪定、③紫陽花の手入れなど。
紫陽花の芽は寒さにじっと耐えている。先端の部分は春を感じるセンサーなのだろう。僅かに緑が増して来た。
昨日は隣町に住むMさんが遊びに見えた。彼女は連れ合いの友人で英語の「私塾」を長年に亘りやっておられる。このほど本部組織から「永年功労表彰」を受けたとか。まさに継続は力なりである。日頃の積み重ねが認められたのだろう。今後ともなお一層のご活躍をされんことを祈る。
横の畑にある「沈丁花」の蕾が膨らんで来た。ジンチョウゲは中国南部が原産地だ。室町時代日本に伝来したという。春を告げる花だ。樹高はわずか1mほどの常緑低木であるが、葉はどことなく月桂樹に似ている。我家の沈丁花は淡紫紅色の種類で2年くらい前から可愛い花を着けている。この花は香りがまた良い。(知人から教わったのだが)沈丁花の花が咲いたらそろそろ牛蒡の蒔き付け時期だという。
今日(毎年纏め買いで購入している)注文していた野菜(春夏蒔き野菜)の種が京都タキイ種苗から郵便で届いた。ぼちぼち3月の播種時期を前に野菜の植え付け場所の準備、消石灰、配合肥料、堆肥など調達をしなければ…
日中裏山で作業をしていたら(枇杷の花の蜜をねらい)薄緑色のメジロ数十羽群れをなし飛来していた。(もう数十年前の話になるが)子供の頃、真っ赤に咲いた椿数輪が着いた枝を折り、それに「トリモチ」を着けて藪に隠れて枝から枝を飛び移るメジロを捕獲に出かけたものだ。遠い遠い日の懐かしい想い出である。今はメジロ飼育は許可制になっており捕まえれば法に抵触するという。時代も変わったものだ。
横の畑にある「沈丁花」の蕾が膨らんで来た。ジンチョウゲは中国南部が原産地だ。室町時代日本に伝来したという。春を告げる花だ。樹高はわずか1mほどの常緑低木であるが、葉はどことなく月桂樹に似ている。我家の沈丁花は淡紫紅色の種類で2年くらい前から可愛い花を着けている。この花は香りがまた良い。(知人から教わったのだが)沈丁花の花が咲いたらそろそろ牛蒡の蒔き付け時期だという。
今日(毎年纏め買いで購入している)注文していた野菜(春夏蒔き野菜)の種が京都タキイ種苗から郵便で届いた。ぼちぼち3月の播種時期を前に野菜の植え付け場所の準備、消石灰、配合肥料、堆肥など調達をしなければ…
日中裏山で作業をしていたら(枇杷の花の蜜をねらい)薄緑色のメジロ数十羽群れをなし飛来していた。(もう数十年前の話になるが)子供の頃、真っ赤に咲いた椿数輪が着いた枝を折り、それに「トリモチ」を着けて藪に隠れて枝から枝を飛び移るメジロを捕獲に出かけたものだ。遠い遠い日の懐かしい想い出である。今はメジロ飼育は許可制になっており捕まえれば法に抵触するという。時代も変わったものだ。